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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)453号 判決 1981年8月31日

控訴人(原告) 高崎ヨネ 外七名

被控訴人(被告) 神奈川県

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し各金三一三万二、八二九円及びこれに対する昭和五四年九月二二日から右各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張及び証拠の関係は、次のように附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決四枚目裏末行、同五枚目表一行目に「昭和二七年ないし同二八年」とあるのを「昭和二七、八年」と、同三行目に「昭和三七年」とあるのを「昭和三七、八年」とそれぞれ改め、同枚目裏八行目に「退職手当金」とある次に「二、五〇六万二、六三七円」を加える。)。

一  当事者の主張関係

(一)  控訴人らの主張

条例第一一条に定める遺族の範囲は、民法第七三二条の重婚禁止の規定の制限に服することは当然であり、条例第一一条の解釈として重婚的内縁の当事者、特に受給者に配偶者がある場合をも含むと解することは著しく公序良俗に反する(ちなみに、人事院規則二四―三、七五〇「国家公務員災害補償法の取扱について」は、国家公務員災害補償法第一六条第一項第一号にいう「婚姻の届出をしないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。」の範囲について、「戸籍上の配偶者がいない場合に限り、その者を配偶者として取扱うものとする。但し、その者が戸籍上他人の配偶者であつた場合は、配偶者と認めない。」と明記している。)ものであり、また、本件のように、婚姻の破綻について有責性のある夫が、妻が離婚に応じなくとも、妻と未成年の子を放置し、他の女性の許に入り込んでしまうと、その女性の退職金を取得できるとすることは、法の根底に存する倫理観念を無視するものであり許されない。

(二)  被控訴人の認否、反論

控訴人らの主張は争う。条例所定の死亡退職金は、死亡した職員と現に生活を共にし、主としてその収入によつて生計を維持していた者の扶養を主たる目的とするものであり、職員の死亡当時、右のごとき関係にあつた者に支給されるべきであるから、控訴人ら主張のごとき倫理的要素に基づいて支給の可否を決すべきものではなく、重婚的内縁の場合であつても、少くとも、戸籍上の婚姻関係が実態を喪失し、形骸化しているときには、その内縁関係にある者にも法律上の保護が与えられるべきであるところ、衛男ととらの関係は、衛男の出張中にとらが衛男の老父を追い出したことから両者の夫婦関係が冷却し、遂に、衛男が単身家を出て別居し、その後しばらくして喜枝と衛男の事実上の婚姻関係が生ずるに至り、それ以来二〇年以上の長きにわたり、両者は夫婦としての社会的実態を持続し、その間、衛男ととらの夫婦関係は全く断絶しており、戸籍上の婚姻関係が実態を喪失し、形骸化していることは明らかであり、控訴人ら主張のごとく、喜枝と衛男の関係が公序良俗に反するとは到底いえない。

二  証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も控訴人らの本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のように附加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決六枚目裏一行目に「やがて」とある次に「伊豆長岡(韮山)で」を、同五行目に「豊衛を」とある次に「郷里の福島に」を、同七枚目表三行目に「とらは」とある次に「一回で金額は」を、同行目に「衛男は」とある次に「二、三回で金額は」をそれぞれ加え、同五行目に「消印を手掛りに上京して」とあるのを「東京都大田区の消印を手掛りに上京して上記大田区矢口の」と、同七枚目裏一行目に「その後」とあるのを「そのころ」と、同五行目に「続いていた。」とあるのを「続き、双方ともに婚姻生活の回復をはかろうとする意欲も気持もなかつた。」とそれぞれ改め、同八行目に「申込んだりした。」の次に「なお、衛男は、いずれとらとの離婚が成立すれば、亡喜枝を正式に入籍するつもりでいた。」を加える。

2  原判決八枚目表四、五行目に「昭和二八年ないし同二九年」とあるのを「昭和二八、九年」と、同六行目の「存続していた」から同九行目までを「存続し、双方の収入によつてその生活を維持していたものであり、また、当事者間にはいずれ正式に婚姻届をする意思があつたものと認められる。」とそれぞれ改める。

3  原判決八枚目表一〇行目から同一〇枚目表二行目までを次のように改める。

「三 右認定の事実によると、被控訴人の職員の死亡による退職手当の支給、その受領権者の範囲及び順位を定めた条例第二条及び第一一条は、第一順位の受領権者を内縁関係にあるものを含む配偶者とし、右の配偶者があるときは子を受領権者としておらず、また、嫡出子と非嫡出子とを平等に取り扱い、死亡した職員の収入によつて生活を維持していたかどうかにより順位に差別を設けるなど、受給権者の範囲及び順位について民法の定める相続人のそれと著しく異なつた定め方をしているのであつて、条例の右規定は、職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を主たる目的としているものと解される。もとより、法律上の婚姻関係にある者が重ねて婚姻をすることは民法第七三二条の禁止するところであり、法律上の婚姻関係にある者が重ねて事実上の婚姻関係(重婚的内縁関係)に入つた場合にも、このような事実上の婚姻関係にある配偶者は、原則として条例第一一条にいう配偶者としての保護を受けることができず、同条にいう配偶者には含まれないものというべきである(控訴人ら主張の人事院規則も、国家公務員の遺族補償について同様の趣旨の一般原則を規定したものと解される。)が本件の場合、衛男ととらとは、すでに二〇数年の長期にわたつて別居し、夫婦としての協同関係は全く存在せず、離婚の届出はしていないが、離婚の合意をした事実もあり、互に無縁の状態を続け、婚姻生活の回復をはかる意欲も気持もないのであつて、法律上は婚姻関係にあつても、その実体はかなり以前から全く失われ形骸化しているのに対し、衛男と喜枝とは、婚姻をする意思の下に二〇数年の長期にわたり社会的事実としての夫婦共同生活体を構成し、双方の収入によつて生計を維持していたのであつて、このような場合には、前示のような条例の規定の趣旨にかんがみると、重婚的内縁関係にある配偶者の生活の保護をはかり、その配偶者もまた条例第一一条にいう配偶者に含まれるものと解するのが相当であり、このように解しても、民法第七三二条の趣旨と相い容れないわけのものではなく、また、倫理観念ないし公序良俗に反するものとも考えられない。したがつて、衛男は条例第一一条にいう配偶者にあたるものというべく、以上と異なる見解に立つて配偶者にあたらないとする控訴人らの主張は理由がない。

第三 以上によると、被控訴人から喜枝の死亡による退職手当の支給を受けることができるのは条例第一一条にいう配偶者にあたる衛男であり、喜枝の兄弟姉妹である控訴人らはその支給を受けることができないものというほかはない。」

二  よつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 平田浩 浦野雄幸)

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